好きな人ができた
二十五歳にして初めて、彼氏ができた、というより、好きな人ができた、という感覚を持つ。
好きな人は今までに出会ったことがないような男の人で、初めてがたくさんだ。
好きな人は、とてもクリエイティブだ。
もともと私は、絵を描くのが好き、映画が好き、ミュージカルが好き、文章を書くのも読むのも好きだ。
最近はギターも始めて、いつか曲を作りたい。
だけれど、別にストイックにどれかをやり続けてはいない。
それでも偶然、今まで私よりもクリエイティブなことが好きな人と付き合ったことがなかった。
生み出すよりは、批評するタイプの人ばかりで、だから、私の今の好きな人は、すごく特別だ。
好きな人が、私のことを短い文章にして、自分のサイトに載せてくれた。
「読んでもいい?」
と聞いたら、
「いいよ」
と言ってくれたので、深夜に、好きな人の部屋で、好きな人の弾くギターの音を聞きながら、読んだ。
簡潔なのに心情が詰まっていて、文字がさらさらとあたたかいアルコールに変わって、私の身体全体に溶けて広がっていくみたいな文章だった。
この人と一緒にいたら、私のことや、ふたりのことを、こんな風に書いてもらえるんだ。
こんな風に、感じてもらえるんだ。
と思ったら少し泣きそうになった。
泣かなかったけれど。
好きな人は、たしかめたがる。
好きな人は
「俺のことなんて好きじゃないでしょ?」
とよく聞いてくる。自信がないらしい。
この質問はこんなに困るものだったのか、と身をもって知った。
優しい目が好き。
お髭が好き。
喋り方が好き。
好きなものに囲まれているお部屋が好き。
なんとなく、全体的な雰囲気が好き。
好きって言ってくれるところが好き。
こんなたくさんのことを言っても、好きな人は安心しないみたいだった。
わかる、と思う。
私が言っていることは全部、他の誰かでもあり得てしまうことで、だけれど私が好きなのはあなただけだと分かってもらえる言葉が全然出てこない。
私が伝えたいのは、あなただから、というところなのに。
それで仕方なく、
「全部。」
と言う。
この、全部、の信頼性のなさもすごいと思う。
この質問にいつかきちんと答えたくて、最近は電車の中で本を読まずにこのことばかり考えてしまう。
それで、月に1冊以上は読むと決めていたのに、11月は1冊も読みきらなかった。
好きな人は、ポトフをつくる。
ポトフだけじゃなくて、私が食べたいと言ったものを、作って待っていてくれる。
初めて作ってくれたのが、ポトフだった。
「バジル、大丈夫?」
と言って、頷くとバジルをちらしてから出してくれた。
そもそも彼氏のお家にバジルがあることが私からしたら驚きだった。
実はポトフをそんなに好きじゃなかったのに、この日食べたらすごく美味しかった。
食わず嫌いだったのかな、と考えてみて、給食のポトフが好きじゃなかったんだ、と思い出した。
好きな人のポトフはすごく美味しかった。
次の日、好きな人が真剣な顔で
「ごめん。」
と言った。
振られるのか、と思っていたら、
「ポトフはバジルじゃなくてパセリだった。
似ていたから、間違えた。」
そもそも私だったらどちらも入れないし、そんなのどっちでもいいのに。
好きな人にとっては重要だった。
どっちも家にあるところがすごい。
「すっごく美味しかったよ。」
と伝えた。
好きな人はなかなか安心しないみたいだった。
この人が、どんな時に泣いて、どんな時に怒って、どんなときに幸せだと思うのか、知りたいなと思う。
そういうのがわかるところまで、振られないでいられたらいいなと思う。
できれば、私がこの人のことを、笑わせて、幸せな気持ちにさせたいなと思う。
そういうことができるようになるまで、一緒にいられたら、もうずっと一緒に居られるような気がする。
好きな人ができるって、すごく特別だ。
うまくできないことが多くて、不安にさせたりしてしまっている。
できるかどうかは別として、100パーセント受け入れたいと思う。
善悪を別にして、必ず味方で居たいと思う。
大人の男らしく少し角ばった頬骨に対して、パーマが残った前髪が可愛らしいので、前髪にときどき触れてしまう。
これが最後の恋になればいいのに、と、引かれそうなくらい重たいことを考えている。